戦国武将データファイル



戦国武将の 「像」 一覧



忠臣蔵でおなじみの山鹿流の陣太鼓とは?

   やまが‐りゅう ‥リウ【山鹿流】
   兵学の一派。北条流を学んだ山鹿素行が独立してからのもの。「―の陣太鼓」

   やまが‐そこう ‥カウ【山鹿素行】
   江戸前期の儒学者・兵学者。古学の開祖。会津に生れ、江戸に育ち、儒学を林
   羅山に、兵学を北条氏長らに学び、程朱の理気心性を疑い「聖教要録」を著わ
   してこれを排し、幕府の怒りを受けて赤穂(あこう)に配流。後、ゆるされて江
   戸に帰る。著「武教要録」「配所残筆」「山鹿語類」「中朝事実」「武家事紀
   」など。(1622―1685)

   ほうじょう‐りゅう ‥デウリウ【北条流】
   寛永頃、甲州流出身の北条安房守氏長の創めた軍学の流儀。

   ほうじょう‐うじなが ‥デウウヂ‥【北条氏長】
   江戸幕府の旗本。戦国大名北条氏の出身。軍学を小幡景憲に学ぶ。三代将軍家
   光の諮問を受け、オランダ流攻城法や諸大名・旗本の軍団編成について調査・
   上申した。安房守。(1609―1670)

   こうしゅう‐りゅう カフシウリウ【甲州流】
   小幡勘兵衛景憲(かげのり)によって説かれた軍学の一派。江戸初期に起った。
   武田信玄・山本勘助の兵法を祖述したものという。武田流。信玄流。

   おばた‐かげのり ヲ‥【小幡景憲】
   江戸前期の軍学者。通称は勘兵衛。初め武田氏、のち徳川秀忠に仕えた。兵法
   の奥義を極め、甲州流軍学の祖と称される。山鹿素行の師。編著「甲陽軍鑑」
   。(1572―1663)
 
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